加古川線およびその枝となる四線(高砂・三木・北条・鍛冶屋線)は、加古川の水運に代わるものとして、「播州鉄道」によって開業し、その後国有化されました。北条線は1915年(大正4年)に粟生から北条町まで開業。
国鉄末期に特定地方交通線(廃止対象線)に指定され、三木線(→三木鉄道)と時を同じく、1985年4月に第三セクター路線「北条鉄道」として再出発しました。08年春に三木鉄道が廃止されたため、加古川線の枝線としては最後の生き残りとなりました。
移管に伴って線路が分断され、加古川直通ができなくなったハンデもあって、経営は依然厳しい。駅や車両など設備の老朽化の問題もあります。そんな中、北条鉄道は「ボランティア駅長」を募ったり、イベント列車を運行したりなど、地域密着の活性化への取り組みも見られます。

