国鉄という組織が破綻をきたした80年代、その逼迫した財政を反映して、様々な苦し紛れの方策がみられましたが、その代表例が、余剰となった寝台特急電車のローカル改造でした。
このころ夜行列車は急速に衰退にさしかかり、とりわけ、扱いが難しく現場からも敬遠されていたという583系電車は、淘汰の対象とされていました。一方、近代化のために地方路線の増発を図ろうにも、相応の車両を用意するには当然コストがかかり、特に東北や九州の交流区間や、交直流の混在する北陸路線はネックとなりました。こうした状況から、583系を普通列車用に改造しようという流れが生まれたのです。
一見、一石二鳥の策のように思えますが、そもそもただでさえ寝台と座席の兼用という、悪く言えば中途半端な構造であった583系を、畑違いの近郊用に転用しようとは、かなり無謀な試みでした。しかも、当時分割民営化を前にした国鉄に財政的余裕はなく、また昼夜酷使されてきた583系の「余命」を考えると、そうそう費用をかけるわけにもゆかず、改造は最低限にとどまりました。
こうして登場したのが、715系と419系でした。715系は交流専用となり、東北の仙台近郊や九州の長崎方面に投入。一方419系は交直流両対応のまま北陸に投入されました。419系と715系に、外見上大きな差はありません。
先頭の「顔」の部分には、もとの583系の顔をそのまま使用したものと、中間車を改造した平たい顔があります。後者はいかにも間に合わせ的で、お世辞にも格好のよいものではありませんが、同種の顔が近年でも、JR西日本の先頭化改造車(115系など)に見られます。

中間車改造の平顔バージョン。車体の大きさがよくわかる
03.1.2 直江津

こちらは583系顔
特急の証である逆三角エンブレムが外されたぶん、
間抜けな印象を受ける
03.3.21 敦賀
東北・九州の715系が全廃されたのは1998年。「つなぎ」の意味合いの強い車両でしたが、結局15年間使われ続けました。しかし、それら兄弟分が役目を終えた後も、北陸の419系はなお働きを続けています。419系は3両編成が基本で、北陸本線(米原〜直江津)の全線と湖西線の一部が活動範囲。
冬場は季節風に吹かれ、雪にまみれる北陸の過酷な環境で走り続けているだけに、老朽化がかなり目立ちます。出入り口は583系時代そのままの折り戸で、幅が狭くて乗降に手間取るうえ、冬季には手で開け閉めするのに力と要領が求められ、年配者には厳しそうです。

車体の高さの割に窓が小さい不自然な構造
側面も、雪の時期には汚れが目立つ
06.3.6 高岡
車内に目を移すと、クロスシートの頭上には上中段ベッドが格納されたままで、元洗面所があった部分には、隙間を埋めるべくロング席が配されるなど、レイアウトが全体的に凸凹していて雑然とした印象を受けます。天井が高いため車内は薄暗く、内装も全体的に黄ばんでいて、くたびれ果てた雰囲気。せめて化粧板を張り替えて、照明を明るくすれば見栄えもよくなるのでしょうが、顧みられている様子はありません。
取り柄を挙げるとすれば、ありすぎるくらいに余裕のあるボックス席のサイズ(もとベッドのスペースがそのまま1ボックスになっているため)ですが、これも客が増えると混雑を助長する諸刃の剣。
近年の車両開発においては、バリアフリーや車内外の展望の改善といった「利用者に優しい」環境作りに力点が置かれていますが、419系はその正反対をゆく車両です。それにもかかわらず、419系に引退の声は聞かれず、さりとて改善の気配もみられません。これは、現在工事中の北陸新幹線開業の際、在来線(北陸本線)がJRから経営分離されるためと思われます。JRとしては、いまさら北陸線に投資しても仕方ない、まして費用の高い交直流電車は導入できない、だから現状維持でゆこうという訳です。しかしそうは言っても、北陸新幹線は長野〜金沢間の開業まであと5年以上を残しており、金沢以東は着工すらしていない状況。それまで419系を使い続けるつもりなのであれば、少なくとも何らかの改善は施してもらいたいものです。
2006年秋には永原・長浜〜敦賀間の直流化にあわせて、JR西日本の普通列車用交直流電車としては初の新車となる521系が登場。直流区間には223系や125系も入るようになり、福井県内においては419系は置き換えられる格好となりました。
ただし、石川・富山県内では当面、419系は「間に合わせ構造」のまま、老体にむち打って走り続けることでしょう。

583系譲りの折り戸と、
元洗面所部に不自然に取り付けられたロングシートが並ぶ車内

長浜での「新快速」との接続
この車両のグレードの落差が、JR西日本の姿勢を物語る
03.3.21 長浜
→鉄道写真倉庫 419系
記述は07年1月現在のものです。